「盗難」(江戸川乱歩)

本作品のニセ巡査は怪人二十面相のプロトタイプ

「盗難」(江戸川乱歩)
(「江戸川乱歩全集第1巻」)光文社文庫

ある地方の教会に
「今夜十二時に寄付金を
いただく」という犯行予告の
手紙が舞い込む。
通りがかった巡査とともに
金庫を見張るが、
犯行時刻を過ぎたところで
巡査は金庫を開かせ、
寄付金を奪って逃走する。
そこへ別の巡査が現れ…。

ミステリというよりは
落語に近いものがあります。
事件を語って聞かせる「私」は、
かつてこの教会に居候していた男です。
数日後にこのニセ巡査を見つけ、
尾行すると、その後に現れた
二人目の巡査と合流します。
尾行の上、問い詰めると、
盗んだ札束は全て偽札だったとのこと。
ニセ巡査のいうには、
教会の神父に
一杯食わされたというのです。
さて、悪党は誰?

乱歩は「私」に多様なケースを想定させ、
語らせています。
①最初の巡査が悪党で
 二人目の巡査は共犯か事後共犯、
 神父は被害者
②神父が悪党で、
 二人のニセ巡査が間抜けな小悪党

「私」は、はじめは①のように
思っていたのですが、
偽札だったと打ち明けられ、
②の線を考えるのです。
ところがニセ巡査から偽札といわれて
受けとった三枚の百円札は、
全て本物だったことが後日判明します。
そうなるとやはり①だったのかと
思い直すのです。

真相は藪の中なのですが、
読み手の思考も「私」と同じように
惑わされてしまうことに気付きます。
やはり乱歩の仕掛けは巧妙です。

ここで面白いのは、
時間指定の犯行予告といい、
はじめから味方を装って
犯行現場に潜入している手法といい、
犯行時刻になると「すでに
盗まれているかもしれない」と言って
金庫を開けさせる段取りといい、
逃走する際にピストルを吊して
扉のすき間から銃口をのぞかせ
被害者を牽制する手口といい、
何かに似ていますよね。
そうです、後の怪人二十面相です。
本作品のニセ巡査は、
怪人二十面相のプロトタイプともいえる
存在なのです。

本作品とともに収録されている
「自作解説」では、
探偵小説の専門雑誌である
「新成年」以外の出版社からの
原稿依頼であるため、
「力を抜いて書いた」と
乱歩は打ち明けています。
さらには「息休めに属する拙作」とまで
言い切っています。

それが本当なら、
「怪人二十面相」という
偉大なキャラクターは、
「息休めの拙作」から
生み出されたことになるのです。
いやいや、そう言いながら
傑作につながる予備作を
創り上げていたと
考えることもできます。
作品同様、乱歩の言うことも
迂闊に信用してはいけません。

(2020.6.7)

Ryan McGuireによるPixabayからの画像

【青空文庫】
「盗難」(江戸川乱歩)

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